作 ととやす
挿絵 蜂蜜柑
1
じわじわと照りつける太陽に汗が噴き出してくる。さっき飲んだスポーツドリンクがすべて出て行ってしまうのではないかとすら思えてくる。だけどそんな時こそ
「っしゃー!声出してこーぜ!!!」
「おぉい!!」
俺の掛け声にチームのみんなは応えてくれる。もう少しすると夏の大会、二年生の俺にとって先輩たちと駆ける最後の夏が始まるのだ。
(今年こそ!今年こそ甲子園へ!)
去年の悔しさを思い出し、バットを振るう手がギュッと固くなる。
昨年の夏。甲子園出場を目指す俺たち龍田高校は、決勝の舞台で県内屈指の強豪・虎井学園と激突した。
当時一年生ながら運よくベンチ入りを果たした俺こと大川久登(おおかわ ひさと)は、1点差を追う9回裏一死二塁の場面で代打で出場したのだが・・・
(今度は絶対打ってやるぞ、小山ぁ!)
思い出すだけで熱くなる。立ちふさがったのはなんと同い年のピッチャー小山有我(こやま ゆうが)だった。甲子園のかかる最終盤に1点差というプレッシャーの中現れたあいつの投げる球に俺のバットは尽く空を切った。
そのまま後続の先輩も三振し、俺たち龍田高校の夢は終わってしまった。
あの時の先輩たちの涙、俺は一生忘れられない! それから一層練習に身が入った俺は、二年生になった今ではチームの四番を任されるほどに成長していた。
「ナイバッチー!!」
今年もきっと虎井学園、いやエースに成長した小山との対戦になる。それはみんな分かっていて、対策に余念がない。
チームみんなともども、大会に向けて気合も仕上がりも十分! ・・・なんだけど
「久登~お前また女の人見てたろ? すれ違う時に鼻の下伸びすぎ」
「うぐっ!」
練習終わりの帰り道。自宅生の俺は同じく自宅生のよっしーと談笑していてそう指摘された。
「だ、だってよぉ」
「チームの主軸が女見ただけでボッキんしてるとか情けなさすぎるからやめろって!」
あぁそうさ! 野球は大好きだし勝って甲子園に行きたいのは本当!
でも俺だって思春期の男子なんだ! カノジョなり、いや! そこまでいかなくても仲のいい女子の一人くらいほしいと願ってしまうのは当たり前だろう!?
「そもそも龍高が男子校なのが悪いんだって!」
「いや久登もそれ分かってて入学したんだべ?」
「その時とは状況も全然違う! 中学の頃はこんなに女の子と話したいなんて思いもよらなかったんだって!」
「ま、あと一年ちょい我慢して大学で彼女作ればいいじゃん」
ぐぬぬ。またも通り過ぎる同年代の女子を無意識で視線で追ってしまう。
(あー!女の子と喋りてー!!)
2
「ただいまー」
なんてことを考えながら家に着いた時のことだった。
「ひゃ〜ひゃっひゃっひゃぁっ! ついに、ついに完成じゃ久登ぉっ! 大発明の完成じゃ!!」
パタパタと足音を立て、そんな事を叫びながら俺の祖父・・・ジジイが現れた。
「なんだよジジイ・・・こちとら練習上がりで疲れてんだよ!」
まためんどくさいこと言い出したな。だけどジジイはそんな俺の声などまったく耳に届いていない。それどころか捲し立てる勢いで唾が飛んできてイラつく!
「ふぃ〜ひひひひひっ!! とんでもない発明じゃぞ久登! この装置で世界は大きく変わる! なにせ本当に『世界を書き換える』力を持っとるのじゃからな! さっすがこのワシ・・・天才すぎんか??」
「はいはい、わかったよ・・・」
俺は軽くため息をつくと、カバンをほっぽり出して離れにあるジジイの研究室へ向かう。ど〜せ無視してもこのジジイ、俺が話を聞くまで何度も何度も来るんだ。ガキの頃からずっとそう!
(大会前だからな。早いうちにあしらっとこう)
「待っとれ久登! これじゃこれじゃ!」
ラボに入るや、奥に引っ込んだと思うと一台のスマホ?のような機械を引っ張り出してくる。満面の笑みを浮かべているところを見るにこれが今回の大発明というやつなんだろう。
このジジイは『自称』発明家。日夜常人には理解できない意味不明奇想天外な機械を作り続けては俺たち家族にブチギレられる・・・まぁ一言で言うと奇人だ。さらに困った事にこのジジイ、才能だけは本物で、出来上がった装置は本当に漫画のようなぶっ飛んだ機能を示すのだ。しかし、それを売って金儲けでもすればいいものを、詳細の一切を非公開にして家族や周囲の人を実験台にして遊んでいるだけ! 俺もガキの頃から何度妙な目に遭ったことか!
でも、いつまでも少年のようにキラキラした目で迫られると結局憎めねぇんだよな・・・。
「で、今回はどんな発明なんだよ」
「ぷぃひっ、ひひひっ、よくぞ聞いた我が孫よ! これこそが我が極地! その名も『因果律書換装置&アプリ』じゃ!!」
「?? どういうことだよ?? ジジイ、説明しないとわかんねーよ!」
「ふむ、まぁワシは天才を超えた天才じゃからのぉ。まずはその装置のアプリを開くんじゃ」
言われるままに起動すると、悪趣味なロゴが表示された後、画面には『観測者モード』その下に『現在地検出』と現れる。
「?」
「よし、それを持って着いてくるんじゃ!」
えぇ〜めんどくせぇ! 相変わらずマイペースなジジイにノコノコ着いていき、自宅からほんの数分先にあるコンビニ、ハイソンに入った。
3
「なんで急にコンビニ?」
「じゃあ現在地検出をタップするんじゃ」
いつの間にかジジイも同じ端末を握り操作している。一先ず言われるがままにタップすると、一瞬で『ハイソン』と表示される。さらに『残り書換回数4回』とも。
「で、それがなに? マップアプリの劣化じゃん」
顔を上げた俺にジジイは不気味な笑みを浮かべる。
「ひゃっひゃっひゃっ! まあ、見ておれ!見ておれ!」
ジジイの端末にも俺のと同じように画面が表示されている。そのまま俺の目の前で『ハイソン』をタップして『スーパーたまや』と書き換える。その時だった。
空間がぐにゃりと歪んだような感覚と共に、コンビニの様子が変わっていく。内装、商品陳列棚、店員の制服・・・その全てがまるで映画のワンシーンでも観てるかのように変化していく。そして・・・
「ひゃーはっはっはっ、大成功大成功!!」
「なんだこれ、マジでスーパーたまやじゃん!」
ものの数秒のうちに、コンビニだったはずの場所が近所にある別のスーパー、たまやにそっくりに成り代わっていた。不思議なことに、俺たち2人以外それに気づいた様子もなく、当たり前のように買い物に接客が続けられているではないか!
「げひゃひゃひゃ〜! 全てはこの『因果律書換アプリ』の力じゃよ! 詳しい説明はカットするがの、要はこいつで場所を検出して、後はどんな場所に変えるかを入力すれば、たちまちそこはこの機械に入力した通りの場所に変換されるのじゃ!」
「じゃあ、コンビニがスーパーになっちまったのは・・・それに、他の人は? 誰も驚いてないじゃん!」
「野球ばっかりでおつむが弱いのう久登! スーパーたまやなのに中身がハイソンなんてことが社会的にありえるかの? つまり、ここが『スーパーたまや』になった時点で、あの場所にいる者達もその場にふさわしい存在へと変化したというわけじゃ」
「ええぇ!?」
「ここが最初からスーパーで、ここにいる者がスーパーで働く/買い物するためにいるのだと世界の因果律自体が『書換』されてるのじゃよぉ! つまり、ワシら以外の者にとってはスーパーたまやこそが“元々の場所”なんじゃ。ネットで調べると近隣からハイソンが一つ消えて、代わりにスーパーたまやが一店舗増えとるはずじゃぞい。もっとも、ワシらはこの『観測者モード』の端末を保持しとるから世界改変を自覚できるがの」
4
いつになく想像以上にぶっ飛びすぎた発明きたな! 練習疲れごと吹き飛んでしまった。
「どうじゃ、理解できたかの?」
「・・・えーと、つまり、そのスマホっぽい機械で場所の名称を入力すると、そこが元々入力された場所であったように世界が書き換えられるってこと??」
「ほう、久登にしては理解が早い。だが、この装置も万能ではないぞ。短期間に何度も書き換え続けると世界の方がワシらを秩序を乱す異物と判断して存在を消そうとしてくるでな。それに、今の技術ではとてつもないエネルギーを消費してしまう。現状動くのはあと3回までじゃな。それ以上は少なくとも半年は『充電期間』がいるのぉ」
そう言いながら端末に『ハイソン』と入力するジジイ。すると先ほどの光景を逆回しするかように、スーパーはコンビニに戻っていく。 数十秒後には元の・・・俺の知るコンビニの風景に戻っていた。その様子を確認したジジイは、何も買わずに店を出て俺に向き直った。
「さてと久登、突然じゃがお前さんにあと二回分のこいつの実証試験を頼みたいんじゃ!」
「おぇっ!? マジで!?」
思わず声をあげる俺にジジイは高笑いしながら言葉を続ける。
「ひゃっひゃっひゃっ! 流れ的にそれしかあるまいて! まずは軽くお試しじゃよ。何がどうなるか、ワシもまだ理解しきれておらんしの。この場所をこう変えたら面白そう・・・それでやっちまったらいいんじゃよ! ワシら以外の端末を持たぬ連中は自分は元からその姿だったということになるからどうせ気づかないわい。最悪もう一度この機械で場所を元に戻せばええじゃろう。万一があっても半年後にはまた数回分チャージもできるしの。さぁどうじゃ!? これで少なくとも二回、世界を思うままに変えられるんじゃぞ!? 若いお前さんの情動を見せとくれ!」
キラキラした・・・昔から変わらない好奇心そのものの眼。あーもう、楽しそうにしやがって! この眼にはガキの頃から弱いんだ。それに
(これ、上手く使えば俺の悩みもなんとかなるんじゃね?)
なんて邪な考えが浮かんでいたのも事実だ。
「しゃーねぇなぁ! やってやるよ!」
内心ほくそ笑みながら、俺はジジイの依頼を受ける事にしたのだった。
5
次の日の昼休み、教室ではほとんどのクラスメートがそれぞれのコミュニティで思い思いに騒いでいる。男子校なので当然だが、野太い野郎どもの声しか聞こえてこない。
(相も変わらず暑苦しく馬鹿笑いしてやがるなぁ。でも、それもこいつかあれば・・・)
ニヤニヤが止まらない。ここからお楽しみタイムの始まりだ!
俺はカバンに隠しておいた例の端末を起動させる。傍目にはちょっと見慣れないスマホを弄ってるようにしか見えないから、誰もそれを目に留めることはない。そのまま端末から現在地を検出し、画面に『龍田高校』と表示されるのを確認した。
さて、俺の計画はこうだ! 俺は世界改変の権利を二回持っていて、女友達・・・いや、カノジョになってくれる女の子が周りにいて欲しいわけだ。だからこの学校を共学校にしちまえばいいんだ! そうすれば男女は半々で、そんだけ女子がいればきっと仲良くなってくれる子もいるはずだ! 我ながら完璧すぎてビビっちまうよな。
なんてことを考えながら、現在地情報を『龍田高校(共学)』に書き換えていき・・・そこで手が止まった。
(まてよ・・・? 改変する権利が一回余るわけか。なら、いっそ共学校にする前に一度女子校にしちまうってのはどうだ!? そしたら俺、一時的とは言えどハーレム状態になるんじゃね?)
まだ見ぬ美少女たちとのめくるめくアオハルな日々を夢想して、思わず鼻の下が伸びる。いやいやいや。そんな大会前の気合い入れる時期に俺は何を!? いや、でもこれまで練習頑張ってきたし・・・ちょっとくらい良い目見てもいいんじゃね? ほんのちょっぴり楽しんだらすぐに共学校にするから!
なんてことを思いついてしまった俺は急遽路線を変更し、『龍田”女子”高校』と打ち込み、そして改変ボタンをタップしたのだった。後になって思うと本当に心から馬鹿なことしたと思う。だけど悲しいかな、当時の俺は思春期男子のリピドーに支配され切っていて、止まるという選択肢なんてまるで頭になかったんだ。
6
「うわっ!?」
「何だぁ!?」
クラスの仲間が叫び声を上げ、その姿が縮み、細くなっていく。みな一様に髪が伸び、胴がくびれ、ズボンが繋がってスカートに変わっていく。
(おぉ、眼福眼福♪)
目の前で、クラスメートの平らだった胸がゆっくりと膨らんでいく。慌ててそれを掴む指はほっそりと白く変わっていって・・・。
しかし、俺が他人を観察できたのはそこまでだった。なぜかって? それは・・・
突然、視界が真っ白になり、足元がふわりとして身体が浮き上がったのだ。
「なッ!?」
と、俺の着ていたスクールブラウスと夏服ズボンが光に包まれ、その光ごとブワァッ!と弾けて消えてしまった。
「な、何なんだ一体・・・!?」
急に全裸になってしまい、何もない真っ白な空間に放り出される。
(ここはどこだ!? 何が起きてるんだっ!?)
ひたすら混乱。すると、
「ッ!?」
全身がギュウッと締め付けられるような感覚が襲いかかってきた。
「うぐっ!」
ミシミシと骨が軋むような感覚。痛みは無いが、気持ちの悪い感覚だった。ふと腕を見ると、練習でよく日焼けした肌の色がスーっと白くなっていくのがわかった。それと同時に、二の腕から手の甲、さらには指にかけて黒々と生えていた体毛が消え失せる。目を下に向ければ、脚も同じようにムダ毛ひとつないツルツルの肌になっていた。
「ああっ!?」
子供の頃から続けてきた野球のお陰で、同年代でもなかなか並ぶもののいない逞しい筋肉がみるみる落ちていき、その代わりとでもいうかのように全身にむっちりと柔らかな皮下脂肪が蓄えられていく。
「あうっ! ま、まさかぁっ!?」
ウエストがぐぐぐっとくびれていき、骨盤が広がるような感覚と共に、尻が大きく張る。
ぷりんとしたそれは、まさしく女性のヒップのようになっていた。
「ちょっ、ちょっと待ってぇ・・・!?」
呻き声のトーンが高くなっている。輪郭が丸くなり、顔も小さくなっているようだ。
ゴワゴワの坊主頭の髪がサラサラと伸びていく。艶やかなその髪は輝く黒髪だ。
「くふぅう・・・んっ!」
まるでAVで見た喘ぎ声のように変わりつつある呻き声が漏れる唇も、ぷるんとした艶っぽいものになり、眉が細く弧を描き、睫毛が伸びていく。
「やっ!やぁぁっん!」
乳首がツン!と立ち上がった。視線をくれると、気付けばその大きさは元の2倍か、それ以上になり、プックリと膨れている。
「待って、待ってぇ!?」
願い虚しく、硬く、大きくなった乳首を頂点に、胸に2つの膨らみが現れる。むくむく、むにむにと柔らかく豊かな脂肪を蓄え、体積を増していく胸。身体を少し動かすだけでブルンブルンと大きく揺れる。
そして、残す所はあと一か所だった。
「っ!・・・あっ!あぁぁああっっ!!」
アソコが突然大きく反りかえり、ビクンビクンと脈打ちながら、一度の脈動のたびに小さくなっていく。
「や、やめてぇ!? それだけはぁ!?」
やがて、それなりに自信のあったサイズの棹は触ってみないとどこにあるかわからなくなってしまった。
「うぅっ!?」
一瞬、下腹部が掻き回されるような感覚。反射的に股間に手をやると、アレの付いていた辺りに、いやらしく濡れた音を立てる割れ目が形成されていた。
「ひゃっ!?」
全身を電流が走ったかのような刺激にいかにもな喘ぎ声が漏れ出てしまった。肩口まで伸びた黒髪がふわりと浮き上がり、甘い香りが鼻につく。
(何で何で何で何で何でぇ!?)
その時、つい先ほど・・・俺が男だった時、
俺の服を巻き込んではじけ飛んだ光が、再び俺の周りに集まってきた。その光がフッと消える。そこにはピンク色のかわいらしい、女の子の下着・・・ブラジャーとショーツが浮かんでいた。
「なっ・・・あんっ!」
現れた二種類の下着に胸と尻をぎゅっ!と締め付けられる。未知の感覚に、思わず顔が赤くなってしまった。豊かな乳房を覆うピンクのブラジャーの下では乳首が痛いほど尖っていて、平たい股間に密着するショーツの内側は溝から滲み出た液で濡れている。
「あ、あ・・・俺・・・」
『俺』という一人称に違和感を覚えるほど可愛いらしい声に思わず、
「あ、あたし・・・」
言葉遣いまで引っ張られていく。いつの間にか腰にはヒラヒラとしたプリーツスカートが穿かされており、純白のスクールブラウスの首元は真っ赤な可愛いリボンが鎮座していた。
もう、こうなると理解せざるを得なかった。あたしは男から女に・・・女子高生の姿へと変わってしまっていたのだ!
7
気がつくと周囲は教室の風景に戻っていた。しかし、それはよく見ると先ほどまでの見慣れたものから大きく様変わりしている。異様なまでの暑苦しさや男臭さが消え、一気に教室内が華やいだような・・・一見して分かる。この学校は男子校から女子校、女の園へとその姿を変えたのだ!
しばしの静寂の後、教室はキャアキャアとした女の子の声で満たされる。そんな中、あたしは一人呆然としていた。
(何で、どうしてあたしも女の子に!? あたしは観測者で・・・干渉を受けないんじゃなかったの!?)
長くフワフワとした髪に、服越しでも分かる胸の膨らみ、丸く張り出したお尻・・・フリフリのスカートの下にあるピッタリとしたショーツの締め付けが、つい先ほどまで股間にぶら下がっていたアレが存在しないことを否応なしに突きつけてくる。ポケットから自分の学生手帳を取り出した。手帳に入れられた学生証には『大川日咲子(ひさこ)』の文字とともに、微笑む黒髪の美少女の写真が載っている。
(待って、これがあたしなの!? 日咲子!? 久登じゃなくって!?)
ポケットには見覚えのない手鏡も入っていて、それを開いて自分の顔を映してみる。果たしてそこには学生証と同じ顔の女の子が、慌てた様子で映っていた。ほっぺたをつねると、柔らかく伸びる。同時に鈍い痛み。
(ほ、本当に女の子になってる! しかもあたし、結構かわいい・・・それに胸も周りの子たちよりおっきめ、みたいね)
片手を膨らんだ胸にあてると、柔らかな弾力。夢にまで見た感触なのに、悲しいかな反応するアレがない! 周りにいる他の女の子の様子を見てみると、体型や顔立ちはみんなそれぞれ個性があって千差万別だ。だけど、年頃の女の子らしくおしゃれに気を使っているのが感じられる。その誰もがごく自然に女の子らしい振る舞いをしている。この娘たちがつい数分前まではみんな男だったなんて、どう見ても考えられない。
(みんなかわいい・・・じゃなくってぇ! このままじゃダメ! もうお昼休みも終わっちゃうし・・・今度こそ、今度こそ大丈夫なはずよ!)
あたしは再び端末を立ち上げ、『龍田女子高校』を書き換え、『龍田高校(共学)』の文字を打ち込んでいく。思うに、この時のあたしは全くもって冷静じゃなかった。何でこんなことになってしまっているのか、もう少し落ち着いて考えればわかったかもしれないのに・・・だけどこの時は、
(あたしは観測者のはずだから、これで男に戻りながら女の子も半分は残ってくれるはず! このままここが女子校のままだと甲子園にも出られなくなっちゃう!)
なんて考えてしまっていた。元に戻すなら男子校にするべきだったのに・・・この期に及んで心のどこかにはまだカノジョを作りたいって欲望が残ってたのよね・・・本当にバカ!
8
数時間後。あたしは放課後になるや、ダッシュで下校していた。
(あぁん、もう! スカート走りにくい!)
ひらひらした薄手のスカートが太腿に触れる度、下半身を剥き出しにしていることを再認識させられる。
(やだぁっ! 恥ずかしい〜)
風でふわりと浮き上がり、その下に穿いたショーツが見えていないか気になる。
そして・・・同年代でも大きめの胸の膨らみが輪を掛けて恥ずかしい!
擦れ違う男の人があたしの胸に視線を向けている、ような・・・? 自意識過剰かなぁ?
(えーん・・・見る側だったあたしが見られる側になっちゃうなんてぇ・・・)
とにかく動くたびにブルンブルンと上下左右に揺れて、乳首が擦れるのだから堪らない。もちろんブラは着けているんだけど、それでも男の頃と比べると存在感は段違いだ。ブラに包まれたおっぱいの弾む感覚に、揺れる太ももやお尻といった肉の感覚・・・それらは必要以上に重みを感じさせてくれる。
(あぁもう! ブラ着けてこれだと、ノーブラだとどうなっちゃうの!?)
家までもう少しというところで、見覚えのある学生服の男の子とすれ違った。
(ちょ、ちょっと待って! この人、虎井学園の小山有我!? なんでこんなところ歩いてるの!?)
ライバル(?)と目していた相手との邂逅だけど、こっちは今はそれどころじゃない! 野球で勝負どころか、こっちはプニプニで小柄な女の子の身体なのだ。幸い、こっちには余り気も留めてないようでそのまま素通りすることになったけど。なんだか気まずくて、あたしは無意識に胸を両手で抑えて縮こまった変な姿勢で行き違った。
(こんなおっきなおっぱい揺らして走ってるところなんて見られたくないし・・・あっ、汗の匂いとか大丈夫だったかな・・・ってそんなこと気にしてどうするの!?)
何故だろう。サッとすれ違っただけなのに、一年前試合で見た時よりずっとドキドキと胸が高鳴っていたのだった。
9
やっとの思いで家に辿り着き、研究所へ駆け込んで・・・一瞬驚いた表情を見せた元凶に向けて、あたしは鈴の鳴るような高い声でまくし立てて状況を説明した。
「あ〜はっはっはっはっっ! こいつは傑作じゃて! それでぇ、『共学』と記入したというのに、学校の生徒全員が女の子のままで戻らなかったと!?」
「そうよ! どういうことなの、おじーちゃん! あたしは観測者のはずで、それにちゃんと『共学校』って入力したはずなのに! もうわけわかんないよぉ!」
女の子になったからか、涙まで出そうになる。瞳を潤わせるあたしに、おじーちゃんはいつもどおりの高笑いをあげる。
「ひゃっひゃっひゃっ! そんなの当然じゃろうて」
「どうして!?」
むくれて頬を膨らませるあたしにおじーちゃんはニヤニヤと笑みを浮かべる。
「そりゃあそうじゃろう? まず、『観測者』というのはあくまで世界改変を観測することが可能というだけであって、改変そのものの影響を受けないわけではない。改変前の記憶を保持し続けるだけじゃわい! もっと国語の勉強をするべきじゃったな」
うぅ、確かに勉強は苦手だけどさぁ!
「もう一つ。確かに『男子校』には男子しか入学できん。『女子校』に入学できるのは女子だけじゃ。じゃがの、共学校の男女比にはルールはないぞい? ワシの母校の工業高校は一応共学じゃが未だに男だらけらしいからのぉ」
「・・・あ」
あたしの間の抜けた声がツボに入ったのか、一層楽しげに頬を吊り上げておじーちゃんは言葉を続ける。
「他にも実際に歴史を紐解いてみると、れっきとした共学校であるにも関わらず、元が女子校だったからか男子の入学者が現れずに事実上『女子校』というパターンもあるそうじゃ。我が孫よ、もう少し頭を柔らかくして考えてから使うべきじゃったなぁ!? むはっ、むははははははっ!」
お腹を抱えて大笑いするおじーちゃんを前に、あたしはただ呆然と立ちつくすしかない。
「さて、それでこれから『日咲子』はどうするんじゃ? 既に規定回数分使ってしまった以上、すぐに学校を男子校に改変することはできんぞ?」
「ちょ、ちょっと待ってよおじーちゃん! あたし、野球の試合があるんだよ! 女の子のままじゃあ出られないよ!」
「そういわれてものぉ・・・今の日咲子の身体つきを見るにとても野球なんぞをやってるようには思えんな。ほほっ、若い頃のばーさんそっくりの美人じゃわい!」
「も、もう! あたしのこと女の子扱いはやめてよー!」
頭の中では元の・・・男の子らしい荒っぽい言葉を使おうとしているのに! あたしの口からついて出るのは可愛らしい女の子の言葉遣い。
「ひひっ、女の子もなかなか楽しいと思うがのぉ。おしゃれをしたり、男の子と遊びに行ったり・・・青春を謳歌すればいいではないか!」
「いっ、いやよ! あたし、絶対男子に戻って甲子園出るんだから!」
「分かった分かったわい! じゃが、残念ながら再利用チャージには時間がかかるぞ? 言ったじゃろ、どんなに急いでも数ヶ月は。この夏の大会は諦めい!」
うーっ! 納得いかないけど、そうするしかない。こくりと頷いたあたしを見て、おじーちゃんはなにやら荷造りを始めるのだった。
「おじーちゃん、なにしてるの?」
「そりゃ、最短最速でチャージするには色々と素材が入り用での。ちょっくら海外に出張してツテを当たってくるわい。次に会う時に、やっぱ男に戻るのや〜めた!はなしじゃぞ!」
「あったりまえじゃん! ありがとう、おじーちゃん!」
こうして、数ヶ月という期間限定のあたしの女の子生活が始まったのだった。
10
「これが・・・あたしの部屋?」
自分の部屋に戻ってみると、あまりの変貌にびっくりした。部屋の様子は、すっかり変わっていた。明るい色合いの壁紙と、カーテン・・・ベッドの側に置いてあるぬいぐるみ、少年漫画は、少女漫画になっていた。大ファンだったプロ野球選手のポスターは、ちょっとマイナーなボーイズグループのポスターになってしまっている。
「はぁ、なんでよぉ〜。喋り方も未だに違和感あるし・・・」
たんすを開けてみた。そこには女の子の服がずらりと並んでいた。
「ワンピースに、スカート・・・キャミソール・・・とほほ」
そして、意を決して下着を入れていた引き出しをゆっくりと開ける。
「お、おぉ!」
カラフルな布地が目に飛び込んできた。夢にまで見た女の子の下着、なんだけど。
「こ、これブラジャーに、ショーツ・・・全部あたしので、あたしが着けないとなんだよね」
ごくりと唾を呑む。日咲子となったあたしは可愛いもの好きなようで、どれも白やピンク、水色といったパステルカラーの下着が多い。肩紐付きのブラジャーを見ていると
「え、Fカップもあるんだ・・・」
改めて自分のバストサイズが突き付けられる。幸いなことにスポーツタイプのブラもあったので、当面はそれで何とかなる、のかな?
クローゼットの中にあったユニフォームから考えると、どうやら自分はチア部に所属しているらしい。 気になって棚の奥にしまってあるアルバムを探した。
「あった。これだ」
ページをめくってみる。可愛らしいベビー服を着た赤ちゃんから始まり、それがどんどん大きくなっていく。ただ違っていたのは写真の内容だった。あたしは低学年の頃から野球を始めていた。しかし、その頃の写真からポンポンをもった女の子の写真がよく映るようになり、中学時代はチアリーディング部と思われる面々に囲まれた写真があった。高校の入学後に撮ったであろう部活の写真も。
「うぅ、こんなフリフリした服着て・・・おへそまで出してるしぃ・・・あれ、この子、どこかで見たような気がするんだよな。いったいどこで・・・あ!」
何度も見ていると、今のあたしの隣に写っている子がよっしーにそっくりなのだ。よっしーだけじゃない、
「そうか、この娘たち、野球部のみんなに似ているんだ」
あたしはアルバムを閉じると、ドレッサーに向かった。鏡には不安げに瞳を潤わせる少女。真っ白でシミひとつない綺麗な肌、流れるような黒髪・・・目はクリクリと大きく、活動的な印象を与えさせた。それでいて女の子として出るとこはしっかりと出ているわけで。こんな可愛い可愛い女の子が、野球部でバリバリプレーしていた男子だったなんて誰も思ってくれないだろう。ちなみに男時代のあたしの好みは可憐で清楚なタイプだったから、日咲子の顔立ちは好みからちょっとだけ外れている。けれど、もしこんな子に告白されたら絶対ノータイムでOKしてたろうな。
「そりゃあ女の子になるからには美人なのは嬉しいんだけど。明日から憂鬱だなぁ・・・」
周りからすると今のあたしは生まれた時からずっと女の子なわけだけど、あたし自身は『観測者』であったが故に今日からって、ねぇ。机に置かれた文房具入れに収まったペンをデコピンしながらひとりごつ。あたしの私物にはやたら可愛いらしいのが多かった。ペンやハンカチ、スマホなど、主な持ち物はピンク形。ゆるキャラのぬいぐるみや私服、下着・・・どれもこれも可愛くって調子が狂う。それに、
「さすがにここらへんは女の子だよなぁ」
リップやらヘアブラシにコンパクトやら、多少はお化粧を楽しんでいるようで、女の子の身だしなみ道具の数々が。男子校に通うひとりっ子だったらほぼ見ることのないそれらを少し赤面しながらつまみ上げる。
「こんなの、どうやって使うんだ? ん、なんだこのポーチ・・・って、これっ!?」
クマのキャラクターが描かれた小さなポーチに入っていたのは痛み止めの飲み薬、ナプキンなどなど、つまりは生理用品の数々だった。
「待って、装置のチャージまで数ヶ月ってことは・・・あたし、絶対に何度か使わないといけないじゃない!?」
聞きかじりの知識でピンクのスマホを開いてみると、やはり月経管理アプリがインストールされていた。
「ヤバい、もう結構近づいてる・・・あ〜ん、もう! 早く男の子に戻って野球したいよ〜!!!」
涙ながらの可愛らしい叫びが虚しく部屋に響いたのだった。
11
朝が来た。
あたしは大きく息を吸うと、パジャマを脱ぎ、薄黄色のブラを着ける。豊かなバストがキュッと寄せられて谷間を作る。
「なんで初めて自分で着けるのに普通にできちゃうんだろ? この身体に染み付いた記憶的な?」
そして覚悟を決めると壁を見た。
「恥ずかしいけど、これを着て出て行くしかないのよね」
あたしは大きな溜息をつくと、壁から高校の制服を取るのだった。
白いブラウスに襟元の赤いリボン、青色のプリーツスカート・・・どこからどうみても、女子の制服だった。
「あぅ・・・昨日と違って自分の意思で履くの、やっぱり恥ずかしい・・・」
ため息は尽きない。
「よし、行くか!」
あたしは鞄を持ち、朝ごはんもそこそこに学校へ向かうのだった。
教室に入ると、当たり前だけど女の子しかいない。きゃいきゃいと楽しそうに話をしている。男時代は憧れだった女の子の楽園・・・と言っても、元々みんなとは男同士だったワケで、そこを思うと奇妙な感覚だ。誰が誰だか何となく分かるけど、性格的には全く別人になってる子もいれば、ほとんど変わらない子もいる。どちらかと言えば、ズバリ本人、というよりお姉さんとか妹さんがいたらこんなカンジ?みたいな印象だ。
それでも皆、女の身体で、女の子の服をまとって、仕草も女の子そのもので・・・どうしても意識してドキドキしてくる。
(うわー、見慣れない景色。なんかいい匂いするし)
だけど自分も今はその一員なわけで。
「おー、日咲子きたー!」
「昨日部活サボったろー? 生理か〜?」
昨日の写真に映っていた女子、かつて野球部だった友人・・・よっしーと蓮が声をかけてくる。
当たり前だけど、気安い友人として。
(女の子になっても仲良くしてくれるのはありがたいけど・・・)
細身で背が高かったよっしーは、腰まで届く長髪が綺麗なスレンダーな美人になってるし、どこかチャラい雰囲気のあった蓮は化粧バッチリキメたギャルっぽい美少女になってる!
「ち、違うよ〜」
「ん? 日咲子なんかいつもとノリ違くね?」
蓮だった女の子にジト目で見られてドキッとする。
「そ、そんなことないよ〜よっしー、蓮?」
「・・・まぁいいや」
ごまかせた! それによっしーと蓮は女の子になってても呼び方は元のままでいけるみたい!
なんて一人胸を撫で下ろしてると、チャイムが鳴った。
「移動ね、行きましょう、日咲子、蓮」
「え?」
「一時間目は体育、でしょう?」
「ええ〜!?」
12
「位置について、ヨーイ」
先生がピーッと合図の笛を鳴らす。その瞬間、あたしは猛然とダッシュ・・・するのだが・・・。
(走りづら〜い!)
体育の授業が始まって、昨日の放課後に引き続きまたも自分が女の子だって思い知らされる。盛大に揺れる胸が気になって、集中できないのだ。
あたしのおっぱいはFカップもある。着替えの時に見た感じ、やっぱり周りでも結構・・・というか、かなり大きい部類だった。
(ちょっとだけ、優越感・・・かも?)
なんて呑気に構えていたんだけど、運動する時は邪魔以外の何ものでもない!
スタートダッシュは良かったのに、あっという間に一人抜かれ、二人抜かれ、どんどん差が開き始めた。
(あぁん! 胸以外にもお尻や太もももぶるんぶるん震えるし〜! こんな身体じゃなきゃ、もっと早く走れるのにぃ!)
男の頃の自慢だった筋肉は見る影もなく、代わりに弾む贅肉が身体を包み込んでいる。
それに、走り方までおかしくなっている。振り子運動して加速する役目の両腕が前後に動かず、肘から先だけが左右に動く・・・いわゆる女の子走りになっているのだ。
(そうじゃなくてっ! ちゃんと走らないと!)
腕の振りを矯正し、脇を締めて力強く腕を前後に振り出した。んだけど、
(ああ、胸がっ! 今度は腕に胸が当たるぅぅ〜)
揺れる胸が腕の振りを邪魔して、跳ね返る。
結局ビリだった。
(女の子に負けた・・・!)
それが正直な気持ち。男の頃は野球部でゴリゴリに運動しまくっていたのに、今やクラスの女の子にも敵わないんだ。
ゴールしたあたしによっしーと蓮が声を掛けてくる。
「日咲子、相変わらず足遅いね〜」
「乳がデカすぎると大変ですなぁ!」
ちくしょう、好き勝手言ってくれる。並サイズの二人には分からんだろうが!
「でも日咲子の走り方って、可愛いよね」
「そうそう、男にはウケそうよね。何かこう、守ってあげたい、みたいな?」
「はぁ!?」
可愛い、の一言に顔が赤くなるのを自覚する。いやいや、今でこそ女の身体だけど、本当は男だし! 数ヶ月ですぐに戻るし!
なんて思ってると、二人の馬鹿話はエスカレートしていく。
「ってかエロいよね、ぶっちゃけ」
「そうそう、胸の辺りが特にね」
「何かこう、襲ってみたい、みたいな?」
「いやぁ〜、良いモノ見せていただきました」
爆笑され、あたしは切れた。
「アンタらね〜」
あたしが膨れっ面で拳を振り上げると、二人はきゃあきゃあ言いながら逃げ出した。
「わ〜、日咲子が怒ったぁ」
あたしは揺れる胸も気にしないで二人を追い掛け回した。その最中でふと我に返る。
(これって、女の子がじゃれ合っているようにしか見えない・・・)
う〜・・・こんなのあたしのキャラじゃない・・・ハズなのにぃ!
あーもう、何が何だか分からないよぉ!