【投稿小説】月夜の天女(前編) by 馬耳エルフ

2024年1月に旧ブログに掲載した作品です!後編を準備中~

午後8時。僕、十五夜葉月は軽トラの助手席から外の薄暗い景色をぼんやりと眺めていた。車は村の東の外れにある露天風呂へと向かって進んでいく。そこに繋がる道はろくに整備もされていない細い一本道になっており、対向車が来たら避けるのも難しいだろう。ただ、その心配は無いと言って構わない。今から向かう露天風呂は僕の知る限りほとんど人も寄り付かない上、村の人間でも一部にしか知られてない秘湯のような場所だ。もっとも、地面は素足で歩けるように最低限の備えはされており、柵も設けられてはいるのだが村の人間も観光客もほぼ見かけることはない。その証拠に、温泉へ向かうこの道の先から対向車の1台もやって来る気配はない。
僕だって温泉は好きだが、義父である隆作の誘いがなければわざわざ足を運ぼうとは思わなかった。運転をしている隣の隆作は何やら落ち着かずそわそわした様子でハンドルを握っている。

「何でまた急に村から外れた露天風呂に行こうなんて誘ってきたのさ」
「何だ、葉月。フロ嫌いだったか?」
「いや好きか嫌いかで言えば好きだけど。あそこの場所は知ってるけどあんまり行った事無いから」
「たまには良い息抜きになるぞ。最近、お前随分疲れてたみたいだからな。店がこの時期忙しいのはいつもの事とは言えこの辺で少し気分転換でもと思ってな」
「気分転換ね…」
確かに最近は疲れが溜まっているし気分転換は悪くないかもしれない。隆作が店主を務めるバーは村では数少ない娯楽施設なだけあって常連客も多く、手伝う僕も多忙な日々を過ごしていた。ただ、隆作の態度がどういうわけか普段と何か違う感じもするのだが気のせいだろうか?
何やらどこか落ち着きに欠けていると言うか、上の空と言うか。まるで好きな番組がもうすぐ始まるのに怖い親が別のチャンネルの番組を見ている子供ようなそんな雰囲気を感じる。疑問を抱きつつも車はガタガタ音を立てて山の中を進んでいく。温泉へと続く道は舗装されていない。砂利道を走る衝撃が僕の尻に伝わってくる。ヘッドライトに照らされた細長い山道は少し不気味だ。暫くして目的地である露天風呂に到着した。

「うん。予想以上に良いな。こりゃ家の風呂とは偉い違いだ」
「だろ? たまにはこういうのも悪くないだろ」
「まぁ、確かにこういうのもたまになら」
露天風呂に身体を沈めると身体の芯から温まる。家の狭い風呂は長身の僕にははっきり言って窮屈な代物なので露天風呂の広さと爽快さは心地良く思えていた。村の人間もほとんど寄り付かない人目を憚るような場所の温泉、確かにこれは良いものだ。露天風呂で吸う空気も澄んでいて美味しいし何より開放感が最高だ。思わず疲れが湯の中へと溶け出していくような錯覚さえ覚える。
「そう言えば、俺がお前を引き取ってもう12年になるのか」
「10歳の時から数えて、丁度それくらいかな。時間が経つのは早いって感じだ」
僕は10歳の頃、両親を亡くして孤児になった。その時に引き取ってくれたのが隆作だ。何親等離れているか分からないほど遠い親戚で、当時は僕も両親を失ったショックから不安で仕方がなかったので、最初はあまり良い印象を持っていなかったのだがいざ一緒に生活してみると僕に対して何かと優しく接してくれたし、勉強も教えてくれたし何より僕のことをこうして育ててくれた。今では心の奥底から感謝している。もしも、隆作に引き取られなければどうなっていたか…。そんなことを考えると本当に幸運だったのだと思わざるを得ない。
自分の身の上について思い返してしんみりしていると、何だか感性が研ぎ澄まされたようで周囲の景色が美しく感じられた。静謐な林から漂う空気は澄み渡りそれが温泉の湯煙と合わさることで幻想的な空間を作り出している。正にここでしか味わえない絶景、これを独り占めしているのはちょっとした優越感を抱くほどだ。そして、夜空には星が瞬いていおり存在感抜群の満月が僕たちを優しく照らしている。ふと、肌がひりつく感覚を覚える。月光を浴びながら僕はハッとした。
「満月…。そうか、忙しかったからすっかり忘れてたけど、今日は9月の、中秋の名月じゃないか。・・・・・しまった…。迂闊だった。今日はあの日だったこと忘れてた…」
それは僕にとって1年で最も特別な日。
「おっ、やっと気付いたか。毎年のパターンからして、そろそろ“アレ”が来る頃だ」
僕に無遠慮に浴びせられるニヤニヤした隆作の粘度の高い視線から温泉に誘われた理由の全てを察した。運転中のそわそわした様子についても合点がいった。
要するに今から起こる肉体的変化を遂げた僕の裸体を見るためだ。
そう思った次の瞬間、僕の体に熱を伴った痺れが駆け巡った。
「くうっ…。くそっ、収まらない…。始まる。よりにもよってこんな場所で…」
「年に1度の楽しみだ。じーっくりと拝見してこの目に焼き付けさせてもらうか」
体を覆う痺れはまるで肉体そのものが溶けてしまうかの錯覚すら覚えてしまうほどに強まっていた。心臓の鼓動に同期するように体の奥底から灼熱を思わせる波が行き渡っていく。思考を隅々まで焼かれていくようなこの感覚、毎年のように経験しているが未だに慣れることはない。ただ収まるまで悶絶し続けるだけだ。
そして数分後…。先程まで僕の骨髄を炙るような感覚をもたらしていた熱と痺れは少しずつではあるものの薄れつつある。僕は身構えた。今年もだ。年に1度だけ、15日間だけ肉体が女体化する瞬間がやってきたのだ。

最も早く変化が訪れるのが肌だ。荒い男の肌からきめ細かく滑らかな若い女の肌へと塗り替わっていく。その肌はみるみる内に瑞々しさと張りを増していき、一点の汚れも無い白磁のようになっていく。全身の骨格は男性としてのゴツゴツとした逞しさを失い女性らしい丸みを帯びていき、喉仏が引っ込み女性ならではの平らな喉を形作っていく。腕や脚の筋肉も徐々に細くなっていくにも関わらず、太腿に関しては柔らかい肉付きが備わっていく。平らな胸板は信じられない勢いで膨らんでいき、瞬く間に成人女性の平均を遥かに上回るであろう豊満なバストへと変貌する。細くくびれた腰回りとは対照的に尻は肉感豊かで丸みを帯びた大きな球体のような輪郭を形成していく。男性の象徴はいつの間にやら無くなっており、仕上げとばかりに艶やかさを大幅に増した黒髪が腰にかかるほどの長さまで伸びていく。こうして完全に変化が終わった時、すっかり女の身体に変わっていた。
じんわりと焼かれたようにおぼろげな意識の中、僕は自身の肉体の変化を感覚でゆっくりと確認する。長く伸びた髪の毛。大きな鉛を2つ付けられたような乳房の重さ。重心を後ろに引っ張るような臀部の出っ張り具合。そして何より股間にある慣れ親しんだモノの消失。全ての感覚が肉体が女になった事実を裏付けるものだ。

「うおおっ、今年の葉月ちゃんはまた一段と凄い。ただでさえナイスバディだった去年より一層女らしい体になってるじゃないか。毎年のようにその乳と尻はどこまで発育すれば気が済むんだ。全くもってけしからん。大体からして、そのおっぱいは何カップあるんだ?見たところ間違いなくF以上、ということはGか?大きさも圧巻だが形も素晴らしい。更にてっぺんのピンク色の乳首の綺麗なこと。そしてお尻のどっしりとした肉付きがまた凄い。安産型という言葉がピッタリの見事なフォルムだ。腰も細くくびれて色っぽいし、女としては上背があることが返って出る所が出っ張っている体型を際立たせているな。さらに言えば、見事なのは股間が赤ちゃんみたいにつんつるてんの…」
女に体が変わる際の痺れるような感覚で夢遊病患者にも似た意識を現実へと連れ戻したのは、全身をベロベロと舐めるような隆作の目とともに送られた僕の裸に対する長い感想だった。次の瞬間、羞恥心が脳を駆け巡った。
「うわっ!どこ見てんだこのエロオヤジ!!」
好色な視線から守るように腕を交差させ慌てて胸を隠すが女の細腕ではこの巨乳は庇いきれない。大部分が露出してしまっている。
「良いリアクションだ。やっぱ若い女には恥じらいがないとな」
「いい加減にしろおっ!!」
2人だけの露天風呂に怒声がこだました。

「すまんかった、葉月。ちょっと悪ふざけが過ぎた」
「あのさ、これが悪ふざけで済むとは思えないけど。要するに女になった僕の全裸を見たくて隆作おじさんは温泉に誘ったんだ」
「まあ、そうなるな」
「変態。色魔。こんなの酷いじゃないか。じゃあもう帰ろうよ。目論見通り裸は見れたんだからさ」
距離を置くように風呂の端に身を丸めて湯に浸かったまま恨み節を口にする僕に対し、隆作は宥めるように言った。
「待て待て。まだここに来て15分くらいだぞ。もうちょっとゆっくりしていこうじゃないか」
「嫌だ。義理の息子の裸にご執心のオッサンと一緒にいたくない」
「そこを何とか。頼む。こんな美人と一緒の温泉を楽しむなんて、俺の人生この先何十年続くかわからないが二度と来ないチャンスなんだ。お願いだこの通り」
両手を合わせ、深々と頭を下げる隆作。そこまでして僕と温泉を楽しみたいのか。呆れを通り越して感心するレベルだ。懇願する哀れな義父を前にして思うことがある。この白いものがたくさん混じった頭も、顔や手に刻まれた皺も、僕を引き取り育てたことで経験した心労が一因なのかもしれない。そう考えるとと、何だか気の毒に思えてきた。でも、さすがにそんなスケベな願いを了承するのは気が引けるし…

『かまわないだろう。相手は君の大事な恩人なのだから。共に湯を楽しむ程度の願いなら叶えてやりなさい』

…今何か聞こえたような。隆作の声じゃない。
男とも女ともつかない無機質な声が頭に響いた気がした。気のせいだろうか。
ふと、隆作に視線を移す。まだ頭を下げ続けているじゃないか。孤児の僕を育ててくれた恩人の頼みを無下に扱うのも気が引けてくる。それに非常に不思議なことに僕にはこの哀れな中年が何だか可愛く見えてきた。ひとつ、大きなため息を吐いた。
そして、隆作に告げた。
僕の言葉を聞くや否や、彼は顔を上げ満面の笑みを浮かべた。
それから暫くの間、僕と隆作は露天風呂でのんびりと過ごした。満天の星空と満月の下で風を感じながらの入浴は最高の一言に尽きる。風呂の中で最近の出来事を話し合ったりくだらない冗談を言い合ったりして、とてもリラックスできた。さすが隆作はバーの店主として数十年客商売をしているだけあって会話を弾ませる腕が達者だ。たまに鼻の下を伸ばして胸元や下半身に視線を向けてくるのは気になったが、とても不思議なことに先程まで感じた嫌悪感はほとんどは湧いてこなかった。

「天女、だって?」
それからしばらくして、会話の内容が僕が引き取られたときの思い出へと移った。その際に僕の父方の祖父が妙なことを言ってたらしい。
「そう。死んだ爺さんがな、お前を引き取る時に確かに言ってたんだよ。この子は天女様の子孫だから大事に育てろ。9月の満月の日には女になるけど、しばらくすれば元に戻るし騒ぎになるから病院には連れて行くな、ってな」
「ひょっとして、それ本気で信じてるの?」
「昔は信じちゃいなかったさ。でも最近は信憑性がある話じゃないのかと思えてきた。1年の限られた期間だけ男が女になるなんてどう考えても科学的に説明できない現象だし、この土地には天女様の伝説も残ってるんだよ」
「それはどんな?」
「細かい所は忘れたが大筋はこうだ。何でも千年前に月から舞い降りた天女がこの村にいたそうなんだが、それがすごい美人でな。偶然この村に降り立ったところで遭遇した村の若者は一目で恋に落ちたそうだ。色々あって2人は添い遂げて子供も沢山生まれたって話だ」
「へー」
特に個性も特徴もないどこにでも転がっているような昔話だ。ただ、その話を聞くと妙に懐かしい感覚がするのは気のせいだろうか。
それから家に帰るまで、先程聞こえた謎の声の疑問が僕の心に泥のように沈殿し続けていた。

女になってから5日が過ぎた。テレビからが今年の中秋の名月が地球と月が最も距離を縮めるスーパームーンと重なったことをキャスターが伝えている。ふと、机の上に広げられた家系図に目を落とす。これは死んだ祖父が残してくれた僕の家の代々の系統を記した図表だ。とは言え、普通の家系図と別段変わった所はない。あるとしたら一つだけ。
男に早死が多く、男が死んだ直後のタイミングでその家は養女と縁組をしているパターンが散見することくらいだろうか。そして、その養女はいずれも沢山の子をもうけている。
「これってやっぱり変わってるよな」
早くに両親を亡くしたからなのだろうか。子供の頃から僕は自分のルーツに強い興味を持つようになり暇な時は思い出したかのように家系図を眺める習慣があった。
コップに入っていた水を飲み一息つく。家事やバーの買い出しは普段通りこなしているし、女になったことによる生活上の大きな変化も特に無い。強いて言えば去年まで使っていたスポーツブラが少々窮屈になったくらいか。どうやらあの日、露天風呂で隆作が指摘したように僕の胸は去年よりも発育しているらしい。

「そもそも、毎年この体は何で女になるんだろう…」
生まれついての体質だけに極力気にしなかったが、今更ながらこの体は異常だ。年に1度、中秋の名月の日から数えて15日間女になり何事もなかったかのように男へと戻る。そんな超常現象と言っても過言ではない事象がなぜ僕だけに起こっているのか。22年間この体質と付き合ってきたがその原因は未だに分かっていない。考えれば考えるほど謎が深まっていく。ふと、5日前の温泉での龍作との会話が脳裏に蘇る。死んだ祖父が自分のことを天女の末裔と称していた件だ。それが本当ならこの身に天女に由来する特殊な力が宿っており、それが引き金となり毎年決まった時期にだけ肉体を女に作り替えているのだろうか。
そんな事を考えていると、玄関から物音がした。隆作が帰ってきたのだ。

「そう言えば、今日店に来た客が面白いことを言ってたな」
机に並べた夕飯を肴に酒を飲みながら隆作がにやりと笑みをこぼしながら言った。
「面白いこと?」
「ああ、客の一人が偶然、村の北側にあるスーパーに今日の昼行ったんだと。そしたら偶然、すごい美人の客を見かけたらしい。で、その美人なんだがな。まるでモデルみたいに背が高くておっぱいとお尻が大きかったそうなんだよ」
「それ僕だよ…」
今日の昼と言えば、隆作に言われた買い出しのためにスーパーを訪れていた時間だ。そう言えばすれ違った男が妙に熱のこもった視線を向けてきたきがしたが、どうやら気のせいではなかったらしい。
「それで、その客がどうかしたの?」
「ああ、そいつがな、あまりにも美人だったから声かけようか迷ったけど、踏ん切りがつかず結局諦めたらしいんだよ。そんで『もし声かけてたらあの美人なおっぱい姉ちゃんとヤれたかもしれないのになー』なんて言ってたわけよ。そりゃもう悔しそうな顔しててさ、相手が男だって知ったらあのお客さんどんな顔しただろうなって思うと笑えたよ」
「あんまり愉快な話じゃないな」
僕の頭の中は男のままだから、若い女を性欲の対象として見る男の気持ちは理解できる。しかし、いざ自分自身が欲望の目を向けられるとなると一転複雑な気分になってくる。ついでに言えば向かいに座って食事をしながらも胸や太腿にさりげなく視線を向けてくる隆作のことも少し苦々しく思っていた。
「それだけ今の葉月が男の目を吸い付けるいい女になったってことだな。まあ美人な上、そんなグラビアアイドル顔負けのプロポーションしてたら嫌でも目立つよな」
「変態セクハラ中年!」
悪びれもせず体をジロジロ見てくる隆作に辟易しつつも、忸怩たる思いを抱えていた。この男は身寄りのない自分を引取って育ててくれた人だ。浮いた話の一つもなく働き続けてきた恩人その程度のことは許容すべきかもしれないとも思えていた。
「ははは、固いこと言うな。長年連れ添った家族なんだから大目に見てくれよ」
「全く…」
思い返せば、2年前辺りから隆作は女になった僕への興味を隠さないようになった。初めて胸の大きさを冷やかされたのも2年前だったっけ。挨拶代わりにお尻を触ったり偶然を装って肘で胸を突いたりもされったっけ。去年は着替えを覗かれたことも…。全くもって度し難い女好きだ。
それでも邪険に出来ないのはやはり、僕自身が育ててくれたことに心から感謝して恩を返したいと思っているからだろうか。

やがて、時間が経ち僕まで酒に付き合うことになった。僕自身は下戸なので遠慮したのだが、さすがここはバーの店主を長年勤めた男の手腕と言うべきか。巧みかつ自然な会話で押し切られ一杯、二杯、三杯と付き合う羽目になった。男の体でも酒に弱かったからか、今の女の体では尚の事酒に弱くなったのか。次第に意識が朦朧としてきた。
隆作が何やら話しているが、内容が頭に入ってこない。ただただ心地良い酩酊感に身を任せるだけだ。いつの間にやら隆作が隣に座り腰を抱き寄せてきたが、それを拒もうという気持ちすら起きない。勿論、現在進行形で腰をさすっている隆作に不満を抱きはするものの、これが普段の生活のストレス解消に繋がれば何よりのことで…

『嘆かわしい考えと言わざるをえない。たったその程度のことで育ててもらった恩に報いたつもりかね』

僕の耳、いや違う。頭だ。酔っ払った神経を引き裂くような明確な言葉が頭に直接響く。5日前の温泉で聞いた言葉と同じ主だ。声の正体を考える暇もなく、言葉を流し込む。

『君にとっての生涯の恩人たる望月隆作が隣にいる。そして、君には隆作が心の奥底から欲するものを“その気になれば”提供すること能う立場。ならば、“その気”になる以外に選択肢はあるまい。そのことに君はとっくに気付いているはずだ。君を邪魔している蒙昧な社会的理性は私がひとまず取り払っておこう。君自身も女の自分が隆作にどう映っているか確認するまたとない機会に違いないのだから』

『とは言え、たった今進言したことは既にこの世にない影法師の戯言。聞き流してくれて構わない。しかし、目の前の隆作という男は女好きだが悪い人間ではない。それは君もよく理解できているだろう。彼の望みに応えるか否か。後は我が子孫たる君、葉月の気持ち一つということになる』

そこで声は途切れた。その言葉は静かな湖面の中心からゆっくりと伝わる何重もの波紋のように僕の心へと広がっていき、頭にぼんやりとした霧が満ちるようなおぼろげな心持ちへと陥っていく。すると不思議なもので今の声が全面的に正しいことを言っているように思えてきたのだ。
そうだ。この体で隆作を楽しませて仕事の疲れを忘れさせることこそが自分の使命であるかのようにすら思えてきた。やがて、僕は謎の声に背を押されるかのようにゆっくりと隣に座る隆作にしなだれかかった。
「おい。葉月、なにを…」
「そんなに僕の体が気に入ってるなら、ちょっとくらい触ってみるくらいならいいよ?」
「い、いや。いきなりそんな大胆なこと言われてもな」
つい昨日は尻を撫でようとしてきた隆作に対してゴミ溜めを見るような冷たい目で応対しただけに、いつもと様子が違う僕に対して身構えてしまっているのだろう。それでも、視線はしっかりと僕の豊満な胸や大きな尻、短パンから伸びる白い太腿に向けられている。

「ほらほら、遠慮せず。昨日は僕のお尻触ろうとしてたじゃないか。今日はその続きしてもいいし、この大きなオッパイを揉んだっていいよ。これを逃したらもう二度とこんなチャンス無いかもしれないよ?」
隆作は戸惑いと逡巡を顔一杯に浮かべていた。中身が男のままの僕にはその精神状態が手に取るようによく分かる。隆作の頭の中では本能と理性がせめぎ合っているのだ。そして、その葛藤の決着がすぐつくことも僕は簡単に予想できた。大方の想像通り、龍作は己の本能に突き動かされるように胸に手を伸ばしてきた。想像とびた一文違わない隆作の行動に僕は内心ため息をついた。

「今日は随分サービスが良いじゃないか。どういう風の吹き回しだ?ほれほれ」
タンクトップとスポブラの上からとは言え、胸を揉まれる刺激が神経を甘く刺激してくる。
「それは、その…。んっ!たまには普段の疲れを僕の体で癒やして欲しくなったと言うか、ひゃん!」
不意に僕の体に甘い痺れが走る。隆作がコリコリと服の上から乳首をつまみ上げ刺激してきたのだ。
「まっ、それはいいか。今は楽しませてもらおう。葉月みたいな美女が気前よくサービスしてくれる事なんてもう二度と無いかもしれないしな」
そんな中、僕は隆作の疑問を考え続けた。いつもの自分ならこんな真似は絶対に出来ないし、考えもしないだろう。だけど、今は不思議と恥ずかしさや躊躇というものを感じない。それどころか、胸をこうして揉まれて目の前にいる男に触れられたいという思いがどんどん強くなってくるのだ。その考えの原因が酒に酔ったせいで気が大きくなっているのか、はたまた謎の声に焚き付けられたのかは分からない。ただ、分かるのは今の自分が普段と違いこの男のスケベ行為を拒むという発想は一切ないという事だ。

「あんっ。また胸を変な触り方して、ひゃわっ。こーら、あんまりお尻もみもみしないの」
「良いな~。本当に良い。死んだ女房もいい女だったけど残念なことに胸と尻はイマイチ肉付きが無かったもんな。その点葉月ちゃんはどっちも素晴らしい」
「死んだ奥さんに祟られても知らないぞ」
「思えば、12年前に女房が死んだ辛さを誤魔化すためにお前を引き取って育てたようなもんだったが、今にして思えば最高の選択をしたのかもな」
「それについては本当に感謝して…、こらっ。人が感謝の意を伝えてる時くらい胸揉むのやめろって」
「悪い悪い。つい女房のことを思い出して寂しくなったもんで手がな」
隆作は僕の体を好き放題触りまくっていた。
不思議なことに、今の僕には胸や尻をまさぐる悪辣な手もまるで小さな子供のイタズラを見守るような穏やかな心持ちで受け止めることが出来た。
僕の体を肴に酒を酒が進み、すっかり出来上がっていた
「いいよなー。やっぱり葉月の体は最高だ。美人でしかもこれだけのおっぱいとお尻を両立した女なんて世の中探してもほとんど居ないぞ。なあ、せっかくだからもっとサービスしてくれよ」
「具体的には何をご所望なんだ?」
「吸わせてくれ」
「何を?」
「おっぱいを」
「は?」
「だ・か・ら、葉月のおっぱいを吸わせてくれ!」
隆作がいきなり懇願してきた。流石にドン引きしてしまう。いくら僕が今の性別が女だからと言っても限度があるだろう。しかし、当の隆作はこちらの困惑をよそになおも頼み込んでくる始末だ。
「頼む!この通りだ!」
いくら隆作でもこんなお願いを本気でするとは思えない。そこで僕は隆作の考えがぼんやりではあるが理解できてきた。おそらく、この男は無理難題を僕にぶつけてリアクションを楽しんでいるのだろう。そう思った途端、この男の思い描く行動とは逆を行きたいという変な対抗心が芽生えていた。

「えー。もう、しょうがないなあ」
タンクトップとスポブラをたくし上げて、たわわに実った両胸をさらけ出した。あまりにも想定外の出来事だったためか、龍作は一瞬戸惑いを顔いっぱいに浮かべたが、次の瞬間には待ってましたとばかりに僕の胸にむしゃぶりついてきた。
「んっ……」
「ちゅっちゅぷっ……ちゅぽっ……」
「んぁ……あんっ」
龍作はまるで赤ん坊のように僕の乳首に吸い付き、舌で舐め回してきた。その刺激に思わず声が漏れ出てしまう。しかし、それでもなお僕は自分でも驚くほどの平静さを保っていた。
「ふふっ。もうすっかり夢中になっちゃって。よっぽど僕のおっぱいが気に入ったみたいだね」
「ちゅるっ、ちゅっちゅ……ぷはっ。ああ、葉月のおっぱいは最高だ!」
「あんっ、こらっ。強く吸いすぎだってば」
「葉月のおっぱいは甘い味がするな。まるでミルクが詰まっているみたいだ」
まるで赤子のように一心不乱に僕の胸にむしゃぶりつく隆作を見ていると妙な感情が湧いてくる。
これは可愛い?それとも愛しさ?あるいは母性本能?正直よく分からなかった。
しばらく経つと、心の底から満足した様子で隆作は自分の部屋へと戻っていった。

布団の中で混乱に駆られてた。なぜあんな真似をしてしまったのか。あれじゃまるで風俗嬢じゃないか。恥ずかしさのあまり布団で顔を覆いジタバタと足を動かしながら悶絶してしまう自分がいた。やがて眠りに落ち、そして夢を見た。
夢の中で、目の前に青白い火の玉のようなぼんやりとした光を放つ球体の前に立っていた。それ以外は上下左右暗くて何も見えない。
聞き覚えのある声が響く。女になったときの温泉で、最期ほど隆作と一緒にいた際に聞こえた声だ。

『さて葉月。初めまして、だな。ここまで強く君の脳に干渉できるのは珍しい機会だからね。手短に行かせてもらおう』
球体から聞こえてくる声は男女とも判断がつかない無機質なものだった。
「あの、あなたは…」
『まずその疑問から答えよう。私は君の祖先に当たる存在だ。そして、毎年君の肉体を雌へと作り替えている者でもある』
「なっ、なんでそんなことを」
『それを説明するには私の正体をここで示しておく必要があるな』
そこから、僕の祖先を自称する球体は己の正体について語りはじめた。
遡ること数千年前。月には自分たち珪素生物が住んでいた。だが、ある時爆発的な宇宙線異常が起こり月は自分たちにとって安泰な環境ではなくなった。そこで、別の星に避難し命を繋ぎ止めることにしたのだ。その避難場所が地球。地球に降り立った彼らは血を残すためこの星の生物へと体を作り替え子孫を残す生存戦略を取ることにした。
地球に降り立ち数千年が過ぎた現在、地上にはいくつか子孫こそ残されているものの血はすっかり薄くなった。だが、子孫の中には先祖返りしたように血の濃い子孫が誕生することもある。それが葉月だと言うのだ。
「ま、待って。僕の体に祖先の宇宙人の濃い血が流れてることと女に毎年体を作り替えてることは何の関係があるんだよ」
『あるさ。色濃く我らの血を受け継いだ子孫でも、男の子孫が撒いた種で産まれた子よりも、女の子孫が産んだ子の方が圧倒的に我らの血が濃い血が流れる傾向が圧倒的に高いからだ。この星に入植して数千年の子孫たちの統計から得た結論だ』
「この時期にいつも女になるのは…」
『母星からの光の加護が強まり私の干渉力が最も高まるのが君たちが中秋の名月と呼んでいるこの時期だからだ。特に今年は幸運にもスーパームーンと重なり、こうして君と意思疎通が出来るほどに干渉力を高めることに成功した』
「じゃあ、僕に子供を産ませるために毎年女にしてたのか…。でもなぜ僕なの?何千年も前に入植して子孫を残してきたなら、僕以外にも血を濃く受け継いだ子孫は他にいるんじゃないの?」
『確かに私を根に持つ子孫は君以外にもこの星にいくらか存在している。だが、一昔前とは違い今やそのほとんどは血が薄れすぎているのが現状だ。次の代で完全に血が途絶えるだろう。それに加え、血の途切れかけた子孫ではどう足掻いても私を知覚できない。だが君は別だ。君には祖先のである私の血が現存する子孫の中で最も色濃く流れている』
「ぼ、僕が……?」
『葉月。私も生命である以上、己の血を絶やしたくはない。君には女性の状態で子孫を多く残して欲しい。そして、私の血を引き継いだ生命をこの星に1つでも多く誕生させてくれ。これがの望みだ』
その言葉を最後に、声は完全に途絶えた。そして、それと同時に僕は目を覚ましたのだった。
勢いよく身を起こと大きな乳房が存在感いっぱいに揺れていた。例年なら男に戻るまであと10日はかかることを思い出す。それと同時に僕の背中に嫌な汗がにじみ出た。

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投稿者 amulai002

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