【投稿小説】猫耳美少女アンドロイドになるだけの簡単なお仕事です。 by 麗音(れいん)

「あぁ~疲れたぁ…」
深夜0時、誰もいないアパートの部屋に青年の弱々しい吐息がこだまする。
日向 一(ひゅうが はじめ)、20歳。どこにでもいる普通の大学生。
高校時代、数学を筆頭に理系科目が極端に苦手だったため、私立大学の文系学部を受験せざるを得なかった。
大学に入っても塾講師などの高額バイトにはありつけない、ようやく見つけたバイトはブラックで忙しい、進級単位はギリギリ、学費・生活費はかさむばかり…と典型的な悪循環に陥っていた。
この日も長いバイトのシフトを終え、満身創痍で帰宅した。
「想像してた大学生活って、こんなんじゃなかったんだけどなぁ…」
カップ麵を作るためのお湯を沸かしながら、ふと愚痴をこぼしてしまう。
「なんか別のバイト…探した方がいいのかなぁ…」
ソファに腰掛けながら、課題のレポートも書かなきゃいけない…という漫然とした思いでノートパソコンを開く。
未読メールの通知からメールボックスを開き、広告メールや関係のない大学からのお知らせの未読を解除していくなか、普段読み飛ばしているはずの一通のメールが目に留まった。
「治験、ねぇ…」
以前登録していた治験情報サイトのものだ。
大学に入学したころに登録はしたものの、「なんとなく怖い」という理由から結局一度も利用したことはなかった。
「もうなりふり構ってられないかもしれないのかなぁ…」
メールのリンクをクリックし、募集中の治験一覧を確認する。
様々な条件や報酬額のものが並ぶ中、一の目を引いたひとつの募集があった。
「えっ…100万…!?」
他とは1、2ケタ違う額に思わず詳細ボタンをクリックする。
詳細画面には男性を対象とした治験であること、事前に適性検査があること、被験者として選ばれれば、年数回ほどの不定期な事後協力で継続的に報酬が支払われること、などが書いてあった。
「なるほど、体質次第ってことかぁ…そんなうまい話はないか…」
そう思ってブラウザを閉じようと思ったその瞬間、一は胸騒ぎを覚えた。
「100万…」
選考があるとはいえ、今の一にとって100万円という報酬額はあまりにも魅力的であった。
「しかもこれ…受かればワンチャン働かなくても食べていけるよな?」
体質さえ適性であれば、過酷な就活をせずとも安定した収入を得られるかもしれない。
「うーん…治験なら世の中のためになることだろうしギャンブルよりはマシか…
よし、ダメ元で応募してみるか…!」
一の意思が完全に傾いた瞬間だった。
数日後、一は適性検査参加のための整理券を手に、会場となる病院に来ていた。
「うわぁ…これ全員男…そりゃそうか…」
貰える額が額とだけあってか、年齢問わず多くの男性が病院に集まっていた。
「お集まりのみなさま、ご参加ありがとうございます。
ただいまより治験の適性検査を行いますので、番号が呼ばれましたら順番に検査室にお越しください。」
待合室にアナウンスが響き渡り、1番の整理券を持った人から、順に看護師に案内され、検査室に入っていった。
十数分の待ち時間だっただろうか。
「では次、16番の方どうぞー」
一が呼ばれた。
はじめは何をされるのかと緊張して検査室に案内されたものの、検査の内容自体はごく一般的であった。
身長体重・視力聴力・レントゲン・血液採取など、一般的な健康診断のようなメニューをこなしていったのち、問診室に案内された。
「こんにちは、16番の方ですね?
今日はよろしくお願いしますね~」
「よっ、よろしくお願いします!」
「じゃ、こちら座ってくださいね〜」
「は、はい!」
診察の相手は、白衣を羽織った若い女性だった。
おそらくこの治験を取り仕切っている研究者なのだろうが、こんなに若い研究者が存在するのか、と思えるような容姿だった。
(こんなに若くして研究って…すごいなぁ…)
など一が椅子に座りながらぼんやり考えていると、
「それじゃ、まず胸いいですか~?」
「はい…!」
一は我に返ったように着ていたTシャツをまくり上げた。
女性が聴診器のようなものを一の胸にあてた瞬間、
「!!」
一の胸のあたりが一瞬光を発したかのように見え、それと同時にビリッ、と感電するような感覚が全身を走った。
(な、なんだ今の…)
診察担当の女性も、一瞬驚いた顔をしつつ、すぐに表情を戻し診察に戻る。
しばらくして、
「はい、大丈夫ですよ~お疲れ様でした~
適正検査の結果は後日郵送でお知らせしますね~」
「あっはい、ありがとうございます…!」
一は席から立ち、ぺこりと一つお辞儀をして問診室を退出した。
(何だったんだろ…疲れてるのかなぁ、僕…)
先程の出来事を思い出しながら、一は目を擦った。
「あの子…ついに見つかったわ…」
一が去った問診室で、白衣の女性が静かに、しかし嬉しそうに呟いていた。
後日、いつものようにバイトから帰った一はポストに入った一通の封筒を見つける。
「うそ…僕…本当に…!?」
適正検査の結果、一が被験者として選出されたとの内容だった。
「やった…これで…これで地獄のバイト生活から抜け出せる…!」
一はこれからの生活に胸を躍らせながら、治験の日を今か今かと待ち続けた。
治験当日、案内されたのは適正検査の病院ではなく、都市部から少し離れた山間にある研究所だった。
「こんなところに研究所…知らなかったなぁ…」
まるで山奥に隠されているかのような建物に一は足を踏み入れた。
「すみませーん、治験の適正検査?に合格した日向、ですけれども…」
自動ドアが開くと、一の声を聴いてすぐ、診察時の女性がロビーに出てきた。
「あら、いらっしゃい日向さん。
今回の治験の研究主事、当研究所博士の神薙 璃央(かんなぎ りお)です、今日はよろしくお願いしますね~」
「あっ、よ、よろしくお願いします…!」
「さて、ではこちらへどうぞ~」
一は机と椅子のある部屋に通される。おそらく来客用の控室だろう。
「失礼しまーす…って今日、僕だけなんですか?」
「そうね~
適正検査で適合者として選出されたのは、今回はあなただけだったみたい。」
「へぇ…運がよかったんだなぁ、僕…」
「はい、じゃあこれが同意書、ここにサインして。
で、これは今日以降の継続した協力もしてくれるかどうか、って内容も含んでいるんだけど…」
「いや、ここまで来たらやります…!やらせてください…!」
もう二度とこんなチャンスは来ないかもしれない。
一は迷わず同意書にサインした。
「うん、ありがと。
じゃ、奥のラボに案内するわね。」
控室を出て、ラボの中に案内される。
奥にはSF映画などに出てきそうな、人がすっぽり入るサイズの大型カプセルが置いてある。
「え、もしかしてあれに入るんですか…?」
「そうよ?」
「へぇ…そんな感じなんですね…この治験って…」
治験の具体的な内容については「難しそう」という理由でほとんど読んでいなかった。
それだけにあのカプセルに入ると言われると、少しだけ緊張がこみあげてくる。
「もしかして…緊張してる?」
「はい、少し…」
「大丈夫…すぐ終わるわよ…ふふ…♪」
神薙博士の声が少し怪しげなトーンに変わる。
一抹の不安がよぎるが、ここまで来たら引き下がれない。
覚悟を決め、一はラボの奥に歩み寄る。
博士に指示される通り服を脱ぎ、下着1枚姿になってカプセルの中に横たわる。
「いい?楽にしているのよ~?」
「は、はい!」
そう告げられると神薙博士はカプセルから離れた場所にあるコンピューターに向かい、ほどなくしてカプセルの蓋が閉じた。
カプセルの中にシステム音声のような音が響き渡る。
[全システム異常なし
これより 適合者番号1の脳情報 データ変換プロセスを開始します]
「えっ…脳情報の…データ変換!?」
一は音声を聞き耳を疑うも、時すでに遅し。
「うわあぁぁぁっ!?」
装置の起動とともに、適正検査の際感じたものと同じ刺激が全身を駆け巡る。
そのまま気絶するかのように、一の意識は闇の中へと消えていった。
[頭脳データの移植完了 起動シークエンス 異常なし
デウス=エクス=マキナ=プログラム 壱型機神 "Uno:Felis" 起動します
システムオンライン コード:ビャッコ アクティベート]
朦朧とした意識の中にシステム音声が響き渡る。
「ん…にゃ…」
一は眠りから覚めるように目を開けた。
横たわっていたポッドのような台座の扉が縦開きすると、視界には先ほどのラボとは違う、地下基地のような光景が広がっていた。
「やった…成功だわ…!
やはり起動の鍵はトランス因子だったのね! 私の見立ては間違ってなかった!」
神薙博士が椅子から立ち上がり、興奮気味に喜びをあらわにする。
「ぼ、僕…どうなちゃったの…?」
先程までより声が高くなっているように聞こえた。
状況が理解できない一は、下を向いて自身の身体に目を向け、自らに起こった異変に気が付く。
「うわぁっ何これ!?」
胸元は女性のバストのごとく膨らんでおり、そのラインをぴったりとなぞる、白いレオタードのようなボディスーツの上から、その大きさが見て伺えた。
足の方に目を向けると、太ももも以前とは比べ物にならない太さになっており、所々にスリットや色のついたパーツのようなものが確認できた。
「ま、まさか…」
自身の身体に起こった変化から一つの仮説を導き出した一は、ゆっくりと股に手を伸ばす。
同じくスリットの入った手で、恐る恐る股の付近を探る。
「ない…」
挿絵:えてこ

今まで身体にあったモノがなくなっていることから、一は確信に至る。
-これは女の子の身体だ。
さらに目を凝らして見ると、ポッドから黒いコードのようなものが自身の尻部に向かって繋がれていることがわかる。
「何…これ…」
「そうね、混乱しているのも無理ないわね。」
博士が一に声をかける。
「い、一体何が起こったんですか!?」
「結論から言うと、あなたはアンドロイドに脳情報を移植されたの。」
「えっ…えええええ!?
どうしてそんなことを!?」
「トランスヒューマニズムって知ってる?」
「と、とらんす…?」
「いい機会ね。その身体の力の一端を実感してみない?」
「…?」
「『トランスヒューマニズム』という用語について知りたい、と頭に思い浮かべてみなさい。」
「えっ?あっ、はい…」
一が指示された通り思い浮かべると、
「わっ…なにこれ…
頭の中に直接…」
まるでAIの出力結果のように、脳内に直接情報が流れ込んできた。
トランスヒューマニズムとは簡単に言えば、科学技術によって人間の体や頭脳を進化させ、病気や寿命を克服しようとする考え方のことらしい。
「うん、どうやら頭脳データとAIとの統合に問題はないようね。」
「あっ…もしかして…今回の脳移植はそういう考え方に基づいて…?」
「そう!理解が早くて助かるわ。
その生体アンドロイド…私たちは人間を超えた存在ということで『機神』と呼んでいるのだけど…
貴方はロールアウト機体4機のうち『壱型・白虎式』の適合者だったということね。」
一があたりを見渡すと、部屋には自分が入っているポッドと同型のものが3つ安置されていた。中にはそれぞれ人型の影が見えたが、いずれも動いていない。
「白虎…というよりは猫ちゃんみたいな見た目だけど…動いてみると意外とかわいいじゃない…!」
博士はわが子を見つめるような顔で、一に手鏡を渡す。
「こ、これが…僕…!?」
鏡の中には、機械的な猫耳のようなものを付けた金髪ショートヘアの少女の姿が映っていた。
「本当に…女の子の姿だ…」
「で、機神の最大の特徴は、機械と生物が融合した構造をしていること。
身体能力も頭脳も大幅に向上して、人間離れしたものになっているわ。
例えばその耳型のユニットも神経回路に直接繋がっていて、人間以上の水準で様々な情報を感知することができるのよ?」
神薙博士は手を伸ばし、おもむろに一の耳型のユニットを撫でるように触る。
「にゃぁぁっ!?」
一は今まで感じたことのないような感覚に、思わず声を漏らす。
くすぐったいような、力が抜けるような、言葉では表現できない感覚だった。
「あぅ…///」
いきなり驚かされたような恥ずかしさに、一は顔を赤くしている。
「あら??慣れてないから少し過敏なのかしら…?」
「うぅぅ…///」
「あ、ならせっかくだしユニット部の感覚、テストさせてもらうわね~
じゃあちょっと、尻尾のプラグ抜くわよ~?」
神薙博士がそう口にすると、一をポッドに繋ぎ止めていたコードを引き抜いた。
「ふにゃぁっっ!?///」
またもや強烈な感覚に、一は文字通り猫のような声を漏らしてしまう。
プラグの先端はポッドの接続口より離れ、一の身体から尻尾のように生えていることがはっきりと確認できた。
「じゃあ、順番に全体確認しますね~?
感覚ないところあったら言ってね~」
神薙博士は一の「尻尾」を付け根の部分からゆっくりと撫で出す。
「ひゃぁぁ…///にゃあうぅぅぅうっ…///」
博士の手が動くたびに全身に刺激が走り、一の身体はビクビクと小刻みに震え出した。
「うん、大丈夫そうね♪」
「うぅぅうぅぅ…///ああんっ…///」
先程まで赤かった顔がさらに赤くなり、思わず目を瞑る。
「ふふっ♪ 結構かわいいじゃない…♪」
「んにゃぁ…/// もう…やめてくださいっ…!///」
一は思わず体を振り切るように動かす。
「あっ…
うーん、確かに…慣れてないでオーバーヒートしちゃってもアレだし…今日はこのくらいにしておきましょう…♪」
「うぅ…/// あ、ありがとうございます…?///」
「さて…こほん。
と、とにかく!こういう構造をしている都合上、機神の起動のためには人間のうち一定の条件を満たす適合者の脳情報をデータ化し、機体に移植する必要があったの。
で、今回の治験は、その適合者を探し当てるものだった、ってことよ。」
「えっ!?」
一はふと我に返る。
「待ってください、そんなこと聞いてないですよ!?」
「確かに、結果として半分騙すような形になってしまったのは申し訳ないと思ってるけど…でも今回の治験の詳細は大半が政府の最重要機密だったのも事実。
その証拠としてここはさっきのラボではないでしょう?機神たちの基地にあたる隠し部屋なのよ。」
「そんなぁ…」
「それよりも!これで機神適合者の条件がようやくわかったのよ!
女性型の機体に脳情報を移植するにはトランス因子というものを持っている男性が最適解で…」
博士は一そっちのけで興奮気味に語りだす。
これがいわゆるマッドサイエンティスト、ってやつだろうか。
「あのー…神薙博士…?」
自分の世界に入っている博士に若干引き気味で、一は声をかける。
「あっ、はい…!何?」
「さっき脳移植って言ってましたけど、じゃあ僕の元の身体はどうなったんですか…!?」
「ほら、あそこにあるわよ?」
博士が指さした先には、先ほどまで一が入っていたカプセルがあった。
「あれは…ぼ、僕…?」
カプセルの中には、液体に漬けられて目を瞑る一の元々の身体…だったものが入っていた。右胸には適合者番号である"No.1″が身体に直接ペイントされている。
「うわぁ…」
鏡像や写真しか見たことのない自分を第三者視点から見るという違和感と、小さいころ科学館で見た生物のホルマリン漬けの記憶から、一は顔を引きつらせる。
しかし自分の元の身体があるという事実にふと希望を感じると、
「え、身体があるってことはもしかして僕、元に戻れるんですか!?」
「んー、わかんない!」
「えぇ…?」
「正確に言うとその方法の開発はしているわ。
でもそのためには今の貴方の様々なデータが必要なの。だから継続して協力をお願いしたわけね?」
「データって…?」
「特に身体能力の強化に関する情報が最優先ね。機神は戦闘向けの機能が充実しているから…戦闘データを取ることが一番手っ取り早いわ。
それにせっかく手に入れた力なんだし、正義と平和のために使ってみないかしら?」
「えっ、まさか…この格好で…?」
オブラートに包んだ表現だったが、一は博士から何を頼まれているのかすぐに理解できた。
「大丈夫、貴方の機体は機神の中でも特に隠密性に優れてるわ。
それに貴方の存在は政府機関によって守られ、決して公表されることはない…
貴方、元々男の子だったんだし、そういうの好きでしょ?」
「にゃぁ…///
なんで僕がこんな目に…」
「さっき『やらせてください』って言ったわよね~?」
「は、はいぃ…」
博士はサインが入った同意書を両手に持ち、一に迫る。
笑顔ながらも圧を隠せない声色に、思わずYesの答えを漏らしてしまう。
「大丈夫、契約通り報酬もちゃんと支払われるわ。
じゃあ、これからよろしくお願いするわね~?」
「うぅ…夢なら覚めてくれ…」
一は思わず自らの頬をつねる。
頬の表皮は人間のそれと全く変わらない柔らかさだった。
「痛…」
「あ、痛覚はデフォルトの状態だと人間の時と同程度に感じるようになっているわ。設定で感覚を弱めることもできるけど…」
「いや、そういう問題じゃなくてぇ…」
この街で、闇夜に紛れ法で裁けぬ悪と戦う「白猫」の都市伝説が語られるようになるのは、もう少し先の話である。
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